新しいことを始めるというのは、常に悩ましいものだ。
前例が乏しいから、試行錯誤しながら取り組むことになりがちだし、そもそも成功するという確信もない。
自動倉庫、ピッキングロボット、AGVやAMRといった物流ロボットは今、大きな注目を集めている。しかし、いざ導入となると、二の足を踏む企業が多いことも確かだ。
悩みを解決するのは、最終的には当人の意志であり、行動である。
だが、その前段階として、先人たちの取り組みを学ぶことには、大きな意味がある。
澁澤倉庫は、日本における近代経済の礎を創り上げた渋沢栄一が、明治30年(1897年)3月に創業した。
「わが国の商工業を正しく育成するためには、銀行・運送・保険などと共に倉庫業の完全な発達が不可欠だ」
これは、現在の澁澤倉庫本社ビルの前に立つ記念碑に綴られた、渋沢栄一の信念である。
澁澤倉庫本社ビルの前には、渋沢栄一の言葉を記した石碑がある
物流事業者である澁澤倉庫が、倉庫業のさらなる高みを目指し、+Automationから次世代型ロボットソーター「t-Sort」を導入した経緯と理由とは何か?
また、澁澤倉庫は、どのように「t-Sort」を活用し、競合他社との差別化を実現しようとしているのだろうか?
澁澤倉庫 松戸営業所で活躍するt-Sort
「また使い方を変えているんですよ」──取材で、t-Sortを導入した澁澤倉庫 松戸営業所の現場を訪れた際、+Automation セールス&マーケティング部 アカウントセールスグループ ゼネラルマネージャー(GM) 野中大介氏は、満足気につぶやいた。
t-Sort導入時、澁澤倉庫が想定していたのは、返品商品の仕分け用途のみだった。
店舗から返品されてくるアパレルメーカーの商品を、SKU(Stock Keeping Unitの略。在庫管理における商品の最小管理単位のことで、アパレルの場合、色やサイズごとにSKUが設定される)ごとに仕分けするのに、t-Sortを活用しようとしていたのだ。
「当時は、返品商品の仕分けを人海戦術で行っていました。精度を上げてスピード化しないと、返品商品にオーダーが引きあたってしまうというロスもありました」──松戸営業所長だった、営業開発部 部長代理 中川剛氏は、当時の課題をこのように振り返る。
t-Sortのオペレーション風景。省人化は達成されており人はまばら。
しかし筆者が訪れた時、総数180のシューターを4本の走路に割り振った盤面は、半分を返品対応に、半分を店舗出荷対応に用いていた。松戸営業所4階のメザニン(中二階)約200坪のスペースで動き回るt-Sortを担当しているのは、女性二人だけである。
東京支店 松戸営業所 副所長 蘆田亮氏(左)と東京支店 松戸営業所 石川智宏氏(右)
「今日は店舗出荷と返品を半々で使っていますが、状況に応じて、シューターの2/3を出荷に、1/3を返品で用いるなど、臨機応変に使っています」──蘆田氏は、野中氏の疑問に応えた。
「お客さまである荷主の状況に応じ、現場から挙がった『t-Sortを使ったほうが早いのでは?』などといった意見・アイデアを検証しながら、柔軟に盤面を変えることができるのは、当社の強みですね」──石川氏が補足してくれた。
このフロアに足を踏み入れたときから、気になっていたことがあった。
t-Sortが稼働しているフロアでは、台車の上に積み上げられたダンボール保管棚が並んでいる。
柔軟性のあるロケーション管理を行うため、商品の保管棚を台車の上に載せ、レイアウト変更可能とすることは、他の倉庫でも間々見受けられる。
一般論ではあるが、一度決めたレイアウトやロケーション管理方法を見直すのは、手間が掛かる。また、安易な変更は、時として作業性を阻害し、生産性を損なうこともある。
波動の変化などに応じ、澁澤倉庫では、t-Sortの盤面変更や、保管棚のレイアウト変更について、定量的に検証し、最適解を導くノウハウを備えているという。
臨機応変を武器とする、澁澤倉庫だからこそできることである。
何故、澁澤倉庫はt-Sortを導入したのか?
中川氏(左)と物流営業部門管掌役員補佐 営業開発部長 兼 イノベーション推進室長 取締役常務執行役員 大橋武氏(右)
澁澤倉庫では、競合他社との差別化を強化すべく「競争力強化プロジェクト」を2019年から推進している。澁澤倉庫が競争力を強化しようとしているポイントの一つが、多品種小ロットの取り扱いである。
「物流事業者は、常に価格競争にさらされています。終わりのない価格競争から脱却しなければなりません」──大橋氏は、競争力強化プロジェクトの目的を、このように説明する。
物流事業者として、アパレルという多品種小ロットの代表的なアイテムを、効率よくオペレーションするために必要なことを追求した結果が、レイアウト変更を容易にする保管棚であり、t-Sortなのだ。
「競争力とは、お客さまが『見て分かる』『認知できる』ものでなくてはなりません」──大橋氏は、3PL事業者にありがちな「うちの作業員はレベルが高い」のような定性的なアピールに疑問を抱いている。
松戸営業所所長だった頃、中川氏は指標を持ってお客さまにアピールが可能な手段を探していたという。
「『気合と根性でやりますから』のような意気込みだけで大切な商品を任せてくれるほど、お客さまは甘くないです」と語る中川氏が行き着いたのが、+Automationであり、t-Sortだった。
3PL事業者にとって、自社の業務品質を顧客に対し、分かりやすくアピールするというのは、決して簡単ではない。物流サービスにおいて、安全品質、サービス品質などは、地道で堅実な作業を一つ一つ積み上げた結果である。中川氏が語った「気合と根性でやりますから」というのは、品質アピールの方法に困った物流事業者が、ついついやりがちな逃げ口上でもあるのだ。
対して、t-Sortを導入した現場のインパクト・魅力は、お客様に分かりやすく伝えることができる。
そもそも、t-Sortが動き回る様子にインパクトがある。加えて、実際にお客さまにもt-Sortを使ったピッキング・検品作業を体験してもらい、その分かりやすさや生産性向上効果を体験してもらうことができたそうだ。
もちろん、お客さまから課されたSLA(Service Level Agreementの略で、サービス品質保証と訳される。主に委託業務において、お客さまと間で締結される定量計測可能なサービス品質を指す)も澁澤倉庫はクリアし、お客さまのさらなる信頼を勝ち取っている。
t-Sort導入現場における、ピッキングから梱包前までの作業効率は、約30%向上したという。ただしこの結果は、t-Sort単体で得られた結果ではない。
「t-Sortはスピードが早いので、人が担う作業工程がボトルネックとなります。人が担う作業工程の見直しも含めて、約30%の効率化を実現しました」と、中川氏は説明する。
ロボットの方が早く、そして休憩も必要としないために、結果として人からロボット、もしくはロボットから人へと作業を引き継ぐ工程が、ボトルネックとなること──これは、物流ロボットに限らず、産業用ロボットやRPAでも指摘される課題である。
「ならば、すべてを自動化してしまえば良い」という考え方もある。ロボットにすべての工程を任せてしまえば、ボトルネックは生じない。もちろん、ロボット導入に必要な投資は、桁違いに高くなるが、長期的に考えれば回収可能なケースも少なくないだろう。
「すべてを自動化しようという試みは、メーカー、卸、小売といった荷主の物流子会社は目指すべき姿なのかもしれません。しかし、当社のような物流事業者が目指すべき姿は、人とロボットを融合し、協働させることで価値を生み出すことだと考えています」──大橋氏の発言に、筆者はこれまでの胸のつかえが下りたようなインスピレーションを感じた。
「物流ロボットは、人不足に悩み、生産性向上を求められる物流ビジネスを救うのか?」、私は取材で出会う識者の皆さまに、この問いを投げかけてきた。
「全部自動化できるロボットなんて、まだ存在しませんよ」「結局、人に頼らなければならないロボットなんて、中途半端です」、こういった意見を頂くたびに、私はモヤモヤとした胸のつかえを溜め込んできた。
物流は、サプライチェーンの一部に過ぎない。
だからこそ、物流の最適化はサプライチェーンの部分最適化にしかなりえない。
残念ながら、物流事業者がサプライチェーン全体に対する最適化の設計役を担うケースは、とても少ない。付け加えれば、物流事業者はサプライチェーンの中流に位置しており、上流にいる荷主、もしくは下流にいるメーカーや販売店などの意向に従い、オペレーション変更を求められるケースも間々ある。
商流上、どうしても受け身にならざるを得ない物流事業者には、常に柔軟な対応が求められる。
だからこそ、臨機応変であることと、生産性の向上、競合他社との差別化を勘案した澁澤倉庫が選択したのが、アイデア次第で柔軟な運用方法に対応できる、t-Sortなのである。
もう一つ、大切なポイントがある。
それは、「やめる」という決断を容易にする、サブスクリプション形式でのロボット提供を実現している+Automationの営業戦略である。投資コストの回収までに数年を要するような多額な初期投資を決断することは、物流事業者には難しい。
「ロボットは、これからどんどん進化していくはずです。5年も10年も同じロボットを使い続けていたら、私どもの方が世間から取り残されてしまいます」という大橋氏の発言は、ロボット導入を検討しているすべての企業が検討すべき課題である。
澁澤倉庫におけるt-Sort導入事例は、物流ロボット導入を検討している、すべての物流事業者にとって、貴重な学びとなるだろう。